パンダの漢字を巡っては、もう一つの大きな疑問が存在します。中国語の文法規則に照らし合わせると、「修飾語+被修飾語」という原則があるため、「猫のような熊」であれば「猫熊(māoxióng)」となるのが自然です。実際に生物学的にもクマ科であるため「猫熊」が論理的に正しいはずですが、なぜ現代の中国大陸では「熊猫(xióngmāo)」という語順が主流として定着したのでしょうか。
これには、1940年代の中国で起きた「看板の読み違え事件」という有名な歴史的背景が深く関係しています。
当時、四川省重慶の北碚博物館でジャイアントパンダの標本展示が行われた際、展示パネルには当時の伝統的な書字習慣に従い、右から左へと「猫熊」と横書きされていました。しかし、中華民国期は西洋の影響を受けて左から右へと読む横書きスタイルが新聞や公文書に普及し始めた過渡期でした。展示を見た多くの一般来場者や新聞記者が、左から右へ読むものと誤認して「熊猫」と読解・報道してしまったのです。
この誤読があまりにも急速かつ広範囲に定着したため、中華人民共和国の成立以降、中国大陸の言語委員会や標準語(普通話)の辞書にも「熊猫」が見出し語として正式採用されるに至りました。
一方、台湾では現在でも生物学的な正確性を重視し、台北市立動物園の展示案内や公式教科書において「猫熊(あるいは大猫熊)」の表記が一貫して用いられています。このように、同じ漢字文化圏であっても、歴史の分岐点によって語順が正反対に固定化されている事実は、言語社会学の観点からも極めて興味深い事例です。