浜田雅功さんが入学したのは、三重県津市(旧白山町)に位置する日生学園第二高等学校でした。中学時代に素行不良が目立っていた浜田さんを見かねた父親が、厳しい環境で根性を叩き直そうと入学を決めたことがきっかけです。
当時の学校は全寮制を採用しており、敷地内への立ち入りや外出は厳重に制限されていました。テレビやラジオ、新聞、雑誌といった外部の情報源は一切遮断され、お菓子などの間食も厳しく禁止される完全な隔離空間だったのです。
日生学園の創立者である青田進氏が掲げた教育方針は、「心身の鍛錬」と「雑念の排除」でした。規則正しい集団生活を通じて自己を律する人間を育てるという名目のもと、現代の常識では考えられないほどのスパルタ教育が徹底されていました。携帯電話もインターネットも存在しなかった時代、生徒たちは過酷な規律の中で24時間を過ごすことを余儀なくされていたのです。