市ヶ谷での行動を語る上で欠かせないのが、祖国防衛の志を同じくした「楯の会」の存在だ。学生を中心に結成されたこの組織は、三島にとって単なる私設軍隊ではなく、言論を超えた「行動」を具現化する器であった。中でも、最期まで行動を共にした学生長・森田必勝の存在は決定的な役割を果たした。
森田必勝は三島の思想に深く共鳴し、介錯人として共に命を絶つ道を歩んだ。未公開の書簡からは、二人が互いに強い信頼と絆で結ばれていたことが読み取れる。言葉だけの言論界に対する激しいいらだちを共有していた二人は、純粋な精神を貫くために死を共有するという究極の決断を下したのだ。