失意の底に沈む息子を誰よりも支え続けたのが、母の中村玉緒さんでした。1997年に勝新太郎さんが食道がんで逝去した後、玉緒さんは莫大な借金を背負いながらもバラエティ番組などで大ブレイクを果たし、一家の大黒柱として奮闘します。その傍らで、息子の芸能界復帰のために尽力し続けました。
1994年、芸名を「鴈龍太郎」から「鴈龍」へと改名し、舞台『勝新太郎プロデュース公演』などで復帰を果たします。その後も母・中村玉緒さんの尽力により、テレビ時代劇『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』、母が主演を務める舞台の端役などに起用され、俳優としての再起を図りました。
しかし、一度背負った影を払拭することは容易ではありませんでした。役者としてのオファーは決して多くなく、生活の大部分を母の個人事務所からの給与や経済的援助に依存する状態が長く続きました。
転機が訪れたのは2017年頃のことです。当時すでに80代を目前に控えていた中村玉緒さんは、「自分が生きているうちに息子を自立させなければ、本人のためにならない」と断腸の思いで決断。長年支給していた役員報酬を打ち切り、個人事務所から籍を外すという事実上の絶縁措置を取りました。この決別によって、鴈龍さんは完全に芸能界から身を引くこととなりました。