高田のキャリアにおいて大きな転機となったのが、所属事務所「株式会社テイクワン」の設立と活動だ。自らの芸能活動をより柔軟に、かつ長期的展開を見据えてマネジメントするために動いた時期、妻の存在は精神的な支柱となった。売れない時期の経済的困窮や、独立に伴う事務処理・裏方の気労など、表からは見えない苦労をともに背負ってきた。
売れっ子になってからも贅沢に溺れず、地に足のついた生活を維持できたのは妻の手腕が大きい。芸能界という移り変わりの激しい世界で、四十数年にわたりトップランナーとして走り続けられた原動力は、間違いなく家計と私生活をしっかりと管理した妻の存在にある。ビジネスパートナーとしても最良の理解者であった。