聖徳太子は病に伏した父・用明天皇の回復を願って法隆寺を建てたと伝えられています。
仏教が日本に伝わったのは6世紀初めのことです。
用明天皇が国として仏教を公認して、人々に仏教の教えを広めた人物と言われています。
息子である聖徳太子も幼い頃から仏教を信仰していました。
聖徳太子は物部氏との戦勝祈願ために、仏教の四天王像を作り、実際に物部氏の討伐に成功しています。
そんな中、用明天皇は天然痘を患ってしまいます。
用明天皇は自らの病の回復を願って、聖徳太子にお寺と薬師如来を作ってほしいと伝えますが、法隆寺の完成前に用明天皇は息を引き取りました。
そのため、法隆寺は亡き父を供養する寺となったのです。