坂本花織の母・坂本悦子さんは、幼少期から娘に対して独特の距離感を保ちながら接してきた。フィギュアスケートという競技は、保護者の手厚いサポートやリンクサイドでの熱狂的な応援が当たり前とされる世界だ。しかし、悦子さんの教育方針は周囲とは一線を画していた。
「自分の荷物は自分で持つ」「早朝練習の準備も自分で整える」。小学生の頃から、練習用のスケート靴や着替えを詰めた重いバッグを娘自身に背負わせた。たとえ忘れ物をしても、母がリンクまで届けることは決してしなかったという。失敗から学び、自分の頭で考えて行動する力を育てること。この徹底した自立心の育成こそが、大舞台でも決して取り乱さない驚異的なメンタルの礎となった。
決して娘の競技内容に口を出さず、技術指導はすべて指導陣に一任した。家庭はスケートの反省会をする場所ではなく、ただ一人の少女としてリラックスできる安全地帯であり続けた。この絶妙な境界線が、彼女の息切れを防ぐ最大の防波堤となったのだ。