華やかなスポットライトを浴びる以前の道のりは、平坦なものでは決してなかった。大阪に生まれ育った本名・大西賢示は、幼少期から自らの性自認と周囲の求める少年像とのギャップに深く苦悩していたという。昭和から平成初期の空気感のなか、自分らしく生きることへの風当たりは想像以上に冷たかった。
10代後半から夜の街へと飛び込み、ショーパブやニューハーフクラブでステージ経験を積む日々が始まった。寝る間も惜しんでダンスや歌のレッスンに励み、どうすれば客席の心を一瞬で掴めるのかを研究し尽くす。華美なステージの裏側で、過酷な労働環境と将来への不安に苛まれながらも、彼女は笑顔を絶やさなかった。
自らのアイデンティティを隠すのではなく、芸として昇華させる強靭なメンタリティは、この過酷な下積み時代に培われたものだ。店を訪れる客一人ひとりと真摯に向き合い、接客術とトーク力を磨き上げた経験が、のちのタレント活動における圧倒的な人間力の土台となっていく。