広島の村上海賊とは?因島水軍城と毛利元就を結ぶ歴史の真相

広島の村上海賊とは?因島水軍城と毛利元就を結ぶ歴史の真相

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中世の瀬戸内海を掌握した村上海賊は、血縁関係を持ちながらそれぞれ独自の領地と行動規範を持った能島(のしま)村上氏、来島(くるしま)村上氏、そして広島県側に拠点を置いた因島(いんのしま)村上氏の「三方(三島)村上氏」で構成されていました。

そのルーツは清和源氏の血を引く信濃村上氏の流れを汲むとも、伊予越智氏の流れを汲むとも伝えられ、南北朝時代の争乱期に瀬戸内海の要衝へ進出したと記録されています。広島県側の記録や「因島村上氏家系図」によると、因島村上氏は南北朝期の村上吉房あるいはその子・吉豊の代に因島へ進出し、備後灘から芸予諸島にまたがる海域に盤石な拠点を築きました。

彼らが活動した芸予諸島は、潮の流れが最大で時速10ノット(約18.5km/h)近くに達する海の難所です。この複雑な潮流を完全に読み切る航海技術を持っていたことこそが、村上海賊が中央政権や有力大名からも一目置かれる軍事力・経済力の源泉となりました。

森 瞳
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森 瞳

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