ホームズ作品の代名詞といえば「ガス灯の淡い光」と「幽玄に立ち込める霧」ですが、後世の映像化によってロマンチックに脚色された幻想に過ぎません。その正体は、過酷きわまる公害型の大気汚染(スモッグ)でした。
数百万基にのぼる家庭用暖炉と工場群が吐き出す亜硫酸ガス混じりの石炭煙が、テムズ川から立ち上る湿気と結びつき、重いドロドロとした黄色い煙霧となって市街地に滞留しました。市民はこの悪臭放つ霧を「エンドウ豆のスープ(Pea-souper)」と自嘲交じりに呼んだのです。当時のタイムズ紙や住民の日記には、以下のような生々しい記録が残されています。
「昼の正午であっても部屋のランプを灯さねば本すら読めず、通りに出れば数メートル先の馬車すら見えない。吸い込んだ霧は喉を激しく焼き、街を歩くだけで目鼻の周りが黒い煤だらけになった」
ガス灯の光も、現代のLED照明や電灯とは比較にならないほど微弱で、黄色くぼんやりと足元をわずかに照らす程度でした。この「視界が極限まで奪われ、悪臭と暗闇が支配する環境」こそが、追走劇の緊張感を極限まで高め、犯人が忽然と姿を消す舞台装置として完璧に機能していたのです。ベーカー街の部屋でホームズがパイプの煙を充満させ、バイオリンを弾き鳴らしていた姿は、外の汚濁した大気と孤絶した内省的空間のコントラストを浮き彫りにしています。