ハチがまだ存命であった1934年(昭和9年)4月、彫刻家・安藤照氏の手によって初代ハチ公像が渋谷駅前に建立されました。除幕式にはハチ自身も出席し、愛犬家や市民の熱狂的な歓迎を受けた記録写真が今も残されています。しかし、そのわずか1年後の1935年3月8日、ハチは渋谷川にかかる稲荷橋付近で11歳の生涯を閉じました。
激化する戦争の波は、駅前に残された銅像にも容赦なく押し寄せます。日中戦争から太平洋戦争へと突入する中、1941年に公布された金属類回収令により、各地の銅像が軍需資材として回収されていきました。初代ハチ公像も例外ではなく、市民の必死の助命嘆願にもかかわらず1944年に供出が決定。終戦前日である1945年8月14日、静岡県浜松市の工場で溶解され、機関車の部品などに転用されたという痛恨の結末を迎えました。
戦後、荒廃した渋谷の街に希望の灯をともすべく立ち上がったのが、初代像を制作した安藤照氏の長男であり、同じく彫刻家であった安藤士(たけし)氏でした。空襲で父を亡くした安藤士氏は、父の作業場に残されていた石膏原型や残存スケッチを手がかりに、平和への祈りを込めて像の再建に着手。1948年(昭和23年)8月、現在の渋谷駅前に佇む「2代目ハチ公像」が完成し、除幕式には連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の関係者も参列する国際的な復興のシンボルとなりました。