国民的儀式となった闘魂ビンタの歴史は、リング上ではなく、張り詰めた受験勉強の現場で幕を開けました。時計の針を1990年5月へと巻き戻します。当時、参議院議員としても活動していたアントニオ猪木氏は、大手進学予備校「早稲田予備校」の東京・八王子校に招かれ、受験生に向けた特別講演を行っていました。
講演の質疑応答の最中、ある男子予備校生が壇上に上がり、「気合を入れてほしいので、僕の腹を殴ってください」と懇願します。実はその生徒は少林寺拳法の有段者でした。猪木氏が軽くボディブローを放った瞬間、予備校生は反射的に反撃し、猪木氏の顎をかすめる右ストレートを放ったのです。
突然の攻撃に対し、プロレスラーとしての本能が瞬時に作動した猪木氏は、間髪を入れずに強烈なカウンターの張り手を返しました。バチーンという凄まじい乾いた音が講堂に響き渡り、予備校生は床に吹っ飛んで昏倒しかけます。会場が一瞬で凍りついたその直後、ふらつきながら立ち上がった青年は、背筋を伸ばして「ありがとうございました!」と叫び、深々と頭を下げたのです。
この出来事は後にテレビ等で紹介され、「猪木に殴られた予備校生が見事に志望校に合格した」という報せが届いたことで、闘魂ビンタの合格祈願伝説が一気に広まることとなりました。意図的な演出ではなく、真剣勝負の武道家同士が生んだハプニングこそが、すべての始まりだったのです。