日本の英語学習において最も多い誤解が、「preaching to the choir = 釈迦に説法」という短絡的な暗記です。両者は「その行為が無意味・余計である」という結果論こそ一致しているものの、話し手と聞き手の力関係および着眼点が全く異なります。
日本語の「釈迦に説法」は、仏教を開いた釈迦(その分野の最高権威・圧倒的専門家)に対して素人が教えを垂れる愚かさを指すことわざです。つまり、「知識・能力の圧倒的な上下関係(聞き手 > 話し手)」が前提にあります。「教える側が恥をかく」というニュアンスが色濃く出ます。
対して「preaching to the choir」は、知識の上下関係ではなく「意見の一致度・賛同度(すでに同じ陣営・味方であること)」に焦点があります。話し手と聞き手の立場は対等でも成り立ち、聞き手は専門家である必要はありません。「ただ、すでにあなたと同じ側に立っている」という事実があるだけです。
仮に職場の同僚から「業務効率化のためにこの新ツールを導入すべきだ!」と熱弁された際、あなた自身もすでにそのツールの信奉者であったなら、それはまさに「You're preaching to the choir」の場面です。ここには専門知識の優劣ではなく、「もう仲間なのだから説得の手間は要らない」というニュアンスが存在します。