国土地理院が発行する2万5千分の1地形図を開くと、不可解な事実に直面する。山頂付近に点線であるべき県境が一切描かれていない。境界線は8合目付近で忽然と途切れ、山頂部はどちらの県にも属さない「境界未定地」として扱われている。
静岡県庁と山梨県庁は、過去幾度となく行政境界の確定を試みてきた。しかし、合意形成には至っていない。駿河湾から仰ぎ見る雄大な「表富士」を誇る静岡に対し、湖畔に映るシンメトリカルな「裏富士(逆さ富士)」を愛でる山梨。両者の美学は真っ向から対立する。
最新のGoogle Earthで宇宙からその山体を俯瞰しても、尾根筋に明確な境界は見当たらない。宝永火口のダイナミックなえぐれを持つ南斜面と、なだらかな側火山が点在する北斜面。双方が自らを「正統な富士の守護者」と主張し続ける背景には、単なる土地の所有権を超えた、歴史と景観への絶対的な自負が存在している。