1984年2月12日、直己は世界初となる冬期マッキンリー(現デナリ・標高6,190m)単独登頂に成功しました。この日は直己の43歳の誕生日でもあり、日本中が歓喜に沸きました。しかし翌2月13日、「雪洞にいる。これから下山する」という交信を最後に消息を絶ちます。
悪天候に阻まれ捜索活動は難航を極め、日本中が安否を見守る中、公子さんは気丈に自宅で祈り続けました。明治大学山岳部を中心とする大規模な捜索隊が結成され、山頂付近で直己が使用した装備や雪洞が確認されたものの、本人の姿を発見することはできませんでした。
同年5月、二次捜索隊の活動をもって捜索打ち切りが決定された際、公子さんは遺族として記者会見に臨み、「直己は山に還ったのだと思います。精一杯の捜索をしていただき、夫も感謝しているはずです」と、涙をこらえながら気品に満ちた言葉で関係者への感謝を述べました。遺体が発見されないままの別れという過酷な運命を受け入れた公子さんの姿は、日本中の涙を誘いました。