Q1:是川銀蔵はどのような家庭環境で育ち、なぜ投資を始めたのですか?
A1:貧しい漁師の家庭に生まれ、小学校高等科を中退して商業界に入りました。幾度もの事業失敗と全財産喪失を経験した後、1931年に大阪中之島の図書館で3年間にわたり経済学や世界情勢を徹底的に独学。資本主義の構造を解明した確信をもとに、妻の貯金70円を元手として株式相場の世界へ足を踏み入れました。
Q2:住友金属鉱山で莫大な利益を出せた最大の要因は何ですか?
A2:菱刈鉱山の金鉱脈発見という小さな報道を見逃さず、直ちに現地へ足を運んで鉱石や地質を自らの目で調査した行動力です。確固たる裏付けを得た上で、市場が注目する前に割安な株価で徹底的に買い集める「先見性」と「忍耐力」が桁外れの利益を生み出しました。
Q3:なぜあれほどの資産家でありながら、遺産が残らなかったのですか?
A3:当時の株式譲渡益に対する税率が非常に高く、約200億円の利益に対して8割を超える納税義務が生じたことが主因です。利益を現金化して確保せず、信用取引で次の銘柄へ再投資していたため、その後の株価暴落によって資金繰りが急速に悪化し、納税と借金返済のために資産を失う結果となりました。