彼のキャリアを語る上で外せないのが、沖縄音楽との出会い、そして不朽の名曲「島唄」の誕生だ。山梨県出身の彼がなぜ、沖縄の魂を歌うことができたのか。そこには、若い頃ならではの無謀とも言える情熱と、徹底的な現地へのリサーチ、そして何よりも音楽に対する誠実さがあった。
三線を手にし、沖縄の歴史と痛みに真摯に向き合った宮沢の姿勢は、地元の人々にも受け入れられ、やがて日本中、そして世界へと広がっていく。さらに彼の興味はブラジルやカリブ海へと広がり、日本のロックバンドとしては極めて異例の世界ツアーを成功させる原動力となった。