今でこそ国民的メガヒット曲として知られる「女々しくて」だが、その誕生の裏には鬼龍院翔の壮絶な葛藤と綿密な戦略が存在していた。所属事務所であるユークリッド・エージェンシーでの活動初期、彼は「どうすれば自分たちの音楽が人々の耳に届くのか」を昼夜問わず模索していたという。
当時、ヴィジュアル系シーンの中で異彩を放っていた彼らは、楽器を演奏しないエアーバンドという前代未聞のスタイルを選択。鬼龍院は「とにかく耳に残り、一度聴いたら忘れられないメロディと、誰もが共感できる身近な歌詞」を追求した。自身の実体験や泥臭い恋愛観を投影しながら作詞・作曲を重ね、クラブミュージックの要素を取り入れた究極の歌謡ポップスを作り上げた。一撃必殺の勝負曲として世に送り出されたこの曲は、過酷な下積み時代を突破するための鬼龍院の執念の結晶だったのだ。