経度にして東経約73度から135度まで、東西およそ60度以上もの開きがある中国の国土は、地理学的には本来5つのタイムゾーンにまたがっています。アメリカやロシアのように広大な国が複数の標準時を使い分けるのが通例である中、なぜ中国は頑なに単一の標準時を維持し続けているのでしょうか。
歴史を遡ると、中華民国時代の1912年には国土が5つの時間帯(中原時間、隴蜀時間、新蔵時間、昆崙時間、長白時間)に区分されていました。しかし、1949年に中華人民共和国が成立すると、初代国家主席・毛沢東の指導のもとで大きな転換を迎えます。新政権は首都・北京を中心とした強固な中央集権体制と国家の一体感を確立するため、全土の標準時を「北京時間(東経120度基準)」に一本化する決定を下しました。
広大な領域に暮らす数多くの民族と地方行政を1つの時計で統制することは、国家統一の象徴的な政策でした。鉄道網の運行管理や軍事指令の一元化、全国一斉放送の実施など、当時の国家建設において標準時の単一化は極めて強力な推進力となった背景があります。