1960年代末、彗星のごとく現れた藤圭子は、それまでの歌謡曲のイメージを根底から覆した。彼女が歌ったのは、きらびやかな夢ではない。都会の片隅で生きる人々の孤独や、逃れられない宿命だった。その声は「怨歌」と評され、聴く者の心を容赦なく揺さぶった。
幼少期から浪曲師の両親とともに旅回りの生活を送り、自らも幼くしてステージに立った。その過酷な生い立ちが、彼女の歌声に独特の深みと影を与えたのは間違いない。デビュー曲「新宿の女」から「圭子の夢は夜開く」へと続く大ヒットは、単なるブームを超えた社会現象だった。彼女の瞳に宿る冷たい光と、魂を絞り出すような歌声は、高度経済成長期の光と影を体現していたのだ。