「ちはやぶる」を巡っては、後世のパロディや思い込みによる誤解も少なくありません。その代表例が古典落語の傑作演目『千早振る(ちはやふる)』です。
落語が広めた「大関・千早と花魁・竜田川」の滑稽なウソ
落語『千早振る』では、物知り顔のご隠居が、百人一首の意味を聞きに来た八五郎に対してデタラメな解説を繰り広げます。
「昔、千早という大関(相撲取り)がいて、吉原の『竜田川』という花魁に振られた。竜田川は振られたショックで井戸に飛び込んで死に、千早も相撲を辞めて豆腐屋になった。そこへ竜田川の妹の『から紅』が買いに来て……」という荒唐無稽な解釈です。最後は「豆腐(水)をくぐる(潜る)」という地口落ち(ダジャレ)で結ばれます。
この落語があまりに有名になったため、「水くくる」を「水の中に潜る」という意味だと誤認してしまう学習者が後を絶ちません。しかし前述の通り、正しくは「布を縛って染める(括る)」であり、川の水が紅葉で絞り染めのように見える美しさを表現したものです。
単なる「奈良の紅葉の写生」という皮相的な解釈
また、現代の教科書的な解説では、政治的背景を省いて「奈良の竜田川の紅葉が川一面に広がっている美しい秋の風景」とだけ教えられるケースが多く見られます。
しかし、当時の在原業平は実際に奈良の竜田川へ赴いてこの歌を詠んだわけではありません。京の都で「屏風に描かれた絵」を見て詠んだ屏風歌です。実景の写生ではなく、絵画というワンクッションを挟みながら、そこに二条の后への激しい思慕という「自らの内面世界の炎」を投影した点に、この歌の文学的な深淵があります。