運命の歯車が大きく回ったのは、プロデューサー小室哲哉との邂逅だった。1993年、TRF(Tetsuya Komuro Rave Factory)のメンバーとしてメジャーデビュー。日本中にダンスミュージックの嵐が吹き荒れる。フロントマンとしての彼のビジュアルは、ド派手な金髪にトレードマークのサングラスへと変貌を遂げた。
しかし、それは単なるお飾りではなかった。サウンドの要として、小室の複雑な要求を現場で具現化する役割を一身に背負っていた。ミリオンセラーを連発する狂乱の日々の中、ステージ裏の彼は常に冷静だったという。熱狂の渦中にいながら、誰よりも客観的にフロアの熱量を測る。そのプロ意識こそが、彼を単なる一発屋で終わらせなかった理由だ。