江戸時代の旅人はなぜ1日40Km歩けたのか?旅費や手形の裏側

江戸時代の旅人はなぜ1日40Km歩けたのか?旅費や手形の裏側

江戸時代の旅人はなぜ1日40Km歩けたのか?旅費や手形の裏側の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点でまとめました。

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現代人がスニーカーを履いて1日40kmを歩けば、翌日には深刻な筋肉痛や関節炎に見舞われるケースがほとんどです。しかし、江戸時代旅人の1日の歩行距離は男性で約35km〜40km、女性や子どもでも約25km〜30kmが標準的な移動ペースでした。江戸日本橋から京都三条大橋までの約490kmを、一般的な旅人はわずか13泊14日前後で走破していたという記録が『東海道中膝栗毛』や各地の道中日記に明確に残されています。

この驚異的なスタミナを支えた最大の要因は、現代の西洋式歩行法とは根本的に異なる「身体の使い方」にありました。当時の人々は腕を大きく振らず、同側の手足を連動させるように重心を前へ移動させる「ナンバ歩き」や、すり足を基調とした歩行法を日常的に体得していました。骨盤の捻れを最小限に抑え、体幹の推進力をダイレクトに地面へ伝えることで、足腰への負担を極限まで減らしていたのです。

また、江戸時代旅人の服装と草鞋(わらじ)の工夫も見逃せません。服装は風通しが良く足さばきの良い「道中着」に「股引(ももひき)」「脚絆(きゃはん)」「手甲(てっこう)」を装着し、日差しや雨を防ぐ「菅笠(すげがさ)」を被るのが定番でした。足元の草鞋はクッション性こそ低いものの、地面の凹凸に柔軟に順応し、通気性に優れていました。草鞋は1日〜2日で摩耗するため、街道沿いの茶屋で1足十数文(現代価値で数百円程度)で買い替えながら歩き進める消耗品でした。

さらに、江戸時代の旅人の持ち物は驚くほど合理的かつミニマルでした。「振分荷物(ふわけにもつ)」や「道中合羽」に包まれた荷物の総重量は、わずか3kg〜5kg程度。現代のウルトラライト(UL)ハイキングを先取りしたような洗練された装備構成でした。

中川 明日香
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中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。