綱吉が「犬公方(いぬくぼう)」と揶揄されるようになったのは、彼が丙午(ひのえうま)の年生まれであり、母・桂昌院の勧めもあって特に犬を優遇したからだとされている。しかし、このエピソード自体も後世の創作である可能性が高い。当時のインフルエンサーとも言える学者や文筆家たちが、面白おかしく書き残したゴシップが、時を経て「歴史的事実」として定着してしまったのだ。
現代で言えば、ワイドショーやSNSの炎上トレンドが、そのまま数百年後の教科書に載るようなものである。情報の非対称性が生んだこの歪みは、メディアの恐ろしさを物語る格好の事例だ。客観的な事実よりも、大衆が喜びそうな「分かりやすい悪者」のストーリーが優先される構造は、江戸時代も今も全く変わっていない。