平和記念資料館の蝋人形はなぜ消えた?撤去の真相と現在の保管先を追う

平和記念資料館の蝋人形はなぜ消えた?撤去の真相と現在の保管先を追う

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広島平和記念資料館を訪れた経験のある人の間で、今なお根強く信じられているのが「あまりの怖さに子どもがショックを受けるため撤去された」というトラウマ説です。SNSや掲示板では「夢に出てくるほど怖かった」「展示をやめたのは修学旅行生の保護者からのクレームのせいだ」といった推測が長年飛び交ってきました。

しかし、広島市および平和記念資料館が公表した公式記録や展示基本構想を検証すると、「トラウマや苦情を理由に撤去した」という事実は一切ありません。資料館側が一貫して説明している撤去の動機は、来館者の恐怖心を和らげるためではなく、「被爆の実相をより正確かつ普遍的に伝えるための展示手法の刷新」でした。

また、一般に「蝋人形」と広く呼ばれて親しまれて(あるいは恐れられて)きましたが、材質についての事実も一般の認識とは異なります。初期の展示を含め、1991年に更新された最終バージョンの被爆再現人形は、蝋(ワックス)ではなく繊維強化プラスチック(FRP)や特殊樹脂、シリコン塗料で作られた精巧な合成樹脂製モニュメントでした。蝋人形という呼び名は、そのリアルな質感と薄暗い照明効果によって生まれた通称に過ぎません。

恐怖の象徴として一人歩きしたイメージの裏で、資料館は「恐怖感の植え付け」から「犠牲者一人ひとりの生と尊厳への共感」へと、展示の力点を大きくシフトさせる道を選びました。

山下 哲也
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山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。