国境を越えてスイスでの安楽死(法的には自死幇助)を真剣に検討し、現地団体へ会員登録を行う日本人が後を絶たない。その根底にあるのは、国内における終末期医療の選択肢の狭さと、「周囲に迷惑をかけ続けたくない」という日本特有の文化的規範である。
2019年にNHKスペシャルで放映され、後に手記や関連書籍でも克明に描かれたALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の日本人女性の決断は、日本社会に巨大な衝撃を与えた。呼吸器を装着して徐々に全身の自由と意思伝達能力を奪われていく未来を前に、「自分らしく生きられる限界のうちに旅立ちたい」と願い、海を渡った姿は、同病に苦しむ患者や難病当事者の間で深い共感と議論を呼び起こした。報道各社の追跡調査によると、スイスの主要支援団体における日本人登録者数は年々右肩上がりで推移している。
しかし、決断から実行に至るハードルは想像を絶するほど高い。日本語の通じない現地スタッフとの長期間にわたる事務的やり取り、日本の主治医から「自死幇助のための診断書」を拒絶されるリスク、そして病状が悪化し長距離国際線の移動に耐えられなくなる前に渡航日程を決めなければならない時間的プレッシャーが重くのしかかる。「自力で動けるうちに決断しなければ、永久に権利を失う」という残酷なタイムリミットが、患者を極限の心理状態へ追い込んでいるのが現場の実相である。