三大欲求の中で何が最も強いのか。この古典的な議論に、近年の脳神経科学は極めて冷徹な結論を提示している。結論から言えば、短期的かつ絶対的な支配力を持つのは「睡眠欲」だ。
食を断っても人間は数週間生き延びることができる。性行動を何年絶とうとも、個体の生命維持そのものが即座に破綻することはない。しかし、完全な断眠はわずか数十時間で前頭葉の機能を麻痺させ、幻覚や体温調節異常を引き起こす。脳の視床下部にある外側野や腹内側核が食欲のアクセルとブレーキを司り、視索前野が性衝動の火蓋を切る一方で、脳幹網様体と視床下部が制御する睡眠圧は、他のあらゆるシグナルを強制終了させるマスターキーとして機能する。
極限状態において、脳は食欲や性欲を後回しにし、何よりも睡眠を最優先する。神経細胞の老廃物を洗い流すグリンパティックシステムを稼働させなければ、脳自身が自壊してしまうからだ。三大欲求の序列は固定された一枚岩ではない。だが、生命維持の緊急度という絶対的な物差しにおいて、睡眠は常に他の二つを従える絶対君主として君臨している。