平成の後半、看板を一身に背負って土俵に上がり続けたのが第71代横綱・鶴竜力三郎である。モンゴルから来日し、細身の体から技巧を磨き上げて頂点へと上り詰めた男の背中には、常に名門の重責がのしかかっていた。
先代・逆鉾昭廣の指導のもと、鶴竜は徹底した「基本の反復」で相撲を磨いた。力任せの相撲が跋扈するなか、鶴竜が貫いたのは立ち合いのタイミング、もろ差しへの執念、相手の力を利用する肩透かしといった研ぎ澄まされた技能である。大相撲本場所の土俵で一人横綱として土俵を守り抜いた日々。晩年、部屋の関取が自身一人となっても愚痴一つこぼさず、ただ黙々と土俵に向かい続けた姿は、井筒の看板が持つ誇りそのものだった。