1972年4月、国家公務員法違反(そそのかし)容疑で西山と外務省女性事務官が逮捕された。ここから、戦後メディア史において類を見ない「論点のすり替え」が加速していく。
検察は起訴状に、取材過程における男女関係を詳細に記載した。これに飛びついたのが週刊誌を中心とする大衆メディアと世論である。「国家の嘘」という本来追及されるべき巨悪は急速に背景へと押し込められ、「情を通じた国家機密の窃盗」という下世話なスキャンダルばかりが消費された。毎日のように新聞社の前には抗議が殺到し、不買運動が巻き起こる。
毎日新聞社は世論の猛反発に耐えかね、西山を休職処分、のちに退社へと追い込んだ。権力の嘘を白日の下に晒した記者が、国家権力の手によってではなく、自らが身を置いたメディアと大衆のモラリズムによって社会的に葬り去られた瞬間だった。