華やかなスポットライトの裏には、人一倍の努力と苦難の歴史がありました。八代亜紀さんの波乱に満ちた経歴とプロフィールを整理します。
熊本県八代市で生まれた彼女は、幼い頃に耳にしたジュリー・ロンドンのハスキーボイスに衝撃を受け、ジャズ歌手を志します。父親の反対を押し切って15歳で単身上京。新宿や銀座の高級クラブで歌いながら下積みを重ねました。クラブシンガー時代には、そのハスキーな歌声と圧倒的な歌唱力で夜の街の大人たちを唸らせ、徐々にスカウトの目に留まるようになります。
1971年にシングル『愛は死んでも』で念願のプロデビューを果たし、1973年の『なみだ恋』が120万枚を超える大ヒットを記録。一躍スターダムに駆け上がりました。演歌というジャンルを軸に据えつつも、晩年には本格的なジャズアルバムのリリースやロックフェスへの出演を果たすなど、ジャンルに縛られない真のボーカリストとして進化を続けました。