近代日本の自由律俳句を語る上で、尾崎放哉としばしば対比されるのが種田山頭火です。同じ『層雲』門下であり、東大中退(早稲田大学中退の山頭火)のエリート崩れ、酒での破滅、出家得度という驚くほど似通った境遇を持つ二人ですが、その作風と生き様には決定的な違いがあります。
山頭火が西日本を旅し続け、自然の風景や風の音とともに流浪の開放感を詠んだのに対し、放哉は小豆島のわずか四畳半の庵から一歩も出ず、身動きの取れない自分自身を顕微鏡で覗くように詠み続けました。山頭火の孤独が「旅ゆく者の哀愁」だとすれば、放哉の孤独は「逃げ場を失った人間の断末魔」とも呼べる凝縮された強烈さを持っています。