青木被告は中野市内の旧家に生まれ、何不自由ない環境で育ちました。地元の小中学校を卒業後、県内の進学校へ進学。大学進学のために上京したものの、人間関係や環境に馴染めず中退を余儀なくされます。その後、自衛隊へ一時入隊するも短期間で除隊し、地元へ戻ることになりました。
帰郷後は、父親が代表を務める農業法人でフルーツ栽培などに従事。2026年秋には、実家の敷地内でジェラート店「Gelateria Frutti(ジェラテリア フルッティ)」をオープンさせました。地元産の果物を使ったこだわりのジェラートはSNSでも話題となり、観光客や地元住民が訪れる人気店としてメディアに取り上げられたこともありました。
表面的には若き実業家として再出発を果たしたように見えた青木被告でしたが、店舗の運営実務や対人コミュニケーションの多くは母親や親族が支えており、被告本人は接客を極度に嫌い、裏方に引きこもりがちでした。人との関わりを避け、自らの殻に閉じこもる生活が続く中で、他者への敵意と被害感情を密かに蓄積させていた実態が関係者の証言から明らかになっています。