フォークダンスde成子坂が今なお「伝説」と呼ばれる最大の理由は、1990年代初頭のコントシーンにおいて完全に異次元のクオリティを誇っていたネタの構造にあります。ボケとツッコミという既存の漫才的フォーマットを脱構築し、日常のわずかな歪みから不条理な世界観へ引きずり込む独特のセンスは、当時の演芸界に鮮烈な衝撃を与えました。
同世代のライバルであった爆笑問題の太田光氏は、自著や番組内で幾度となく「あいつらは本物の天才だった」「成子坂のコントには誰も勝てなかった」と最大級のリスペクトを表明しています。シュールでありながら決して観客を突き放さず、計算され尽くした間とワードセンスで爆笑を生み出す手法は、当時の若手芸人たちにとって憧れであり、同時に超えられない壁でもありました。
高校の同級生だった桶田敬太郎さんが繰り出す変幻自在のボケと緻密なプロット、それを受け止める村田渚さんの的確かつ哀愁を帯びたツッコミ。2人の卓越した演技力とリズム感が生み出す舞台は、コントを単なる演芸からひとつの「作品」へと昇華させたと高く評価されています。