新羅の社会構造を理解する上で避けて通れないのが、極めて閉鎖的で厳格な身分序列である「骨品制(こっぴんせい)」です。
骨品制は血統の貴賤によって個人の社会的地位を絶対的に決定づける世襲制でした。王族を構成する「聖骨(ソンゴル)」や「真骨(チンゴル)」を頂点とし、その下に貴族層である「六頭品」「五頭品」「四頭品」、さらに平民や奴隷が配置されました。
この制度は就職できる官位の上限だけでなく、着用する衣服の色、屋敷の広さ、馬の頭数、使用する器の素材に至るまで私生活の細部を徹底的に規定しました。能力に関わらず真骨以外の者が最高権力に近づくことは構造上不可能であり、これが後に国家の活力を奪う決定的な足かせとなります。
一方で、6世紀前半の法興王の時代に公認された仏教は、王権強化の精神的支柱として急速に発展しました。新羅の仏教は国家を鎮護する役割を強く担い、歴代国王の手によって壮大な寺院が次々と建立されました。その造形美と鋳造技術の高さは、現在も国宝として名高い金銅弥勒菩薩半跏思惟像などの名作群に色濃く反映されています。