1970年代に入ると、テレビのカラー放送普及とともに音楽番組が黄金期を迎え、新たな3人のスターが台頭します。それが郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎の「新御三家」です。彼らは単なる歌手の枠を超え、熱狂的なファンカルチャーとスタジアム規模のエンタテインメントを日本に定着させました。
野口五郎は1971年に『博多みれん』で演歌歌手としてデビュー後、2作目の『青いリンゴ』でポップス路線へ転向し大ブレイク。群を抜いた正確なピッチと豊かな声量を誇り、『私鉄沿線』をはじめとする哀愁漂う名曲を多数生み出しました。卓越したギタリストとしての実力も高く評価されており、ミュージシャンズ・ミュージシャンとしても知られています。
西城秀樹は1972年『恋する季節』でデビュー。『情熱の嵐』や『傷だらけのローラ』で見せたエネルギッシュな絶唱スタイルと激しいアクションは、歌謡界にロックのダイナミズムを融合させました。日本人ソロアーティストとして初となる球場単独コンサートを開催し、『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』では老若男女が同じ振付で踊る参加型ポップスの頂点を極めました。
郷ひろみは1972年に『男の子女の子』でデビューし、その端整なビジュアルと天性のアイドル性で一世を風靡しました。『よろしく哀愁』などの名バラードから、『お嫁サンバ』『2億4千万の瞳 -エキゾチック・ジャパン-』といったアッパーチューンまで、徹底した自己プロデュース力で時代ごとの流行を牽引し続けています。
それぞれが「実力派ミュージシャン(野口)」「ロック&アクションスター(西城)」「天性のポップアイコン(郷)」という明確な個性を持っていたからこそ、互いをライバルとして認め合いながら、長期にわたりトップシーンを走り続けることができました。