惨劇の幕が上がったのは、2010年3月1日未明のことでした。宮崎県宮崎市田野町のアパート兼住宅で、奥本章寛は同居していた義母(当時50歳)、妻(当時21歳)、そして生後わずか5ヶ月の実子である長男の3人を相次いで襲撃しました。
警察の捜査資料によると、奥本はまず就寝中だった妻の首を絞めて窒息死させ、物音に気づいた義母をナタや包丁で執拗に攻撃して殺害。さらに、浴槽に水を張り、無抵抗な長男を沈めて溺死させるという極めて凄惨な手段を用いています。犯行直後、奥本は遺体を車に乗せて日南市方面の山林や宮崎港周辺に遺棄・隠蔽を図りました。
当初は「帰宅したら家族がいなくなっていた」と自ら警察へ通報し、狂言誘拐や失踪を装う偽装工作を行っていました。しかし、現場に残された血痕の拭き取り跡や車内の微物、本人の供述の矛盾を捜査員に突かれ、事件発生翌日に死体遺棄容疑で逮捕、その後3人に対する殺人容疑で再逮捕されました。