池田大作氏は1928年(昭和3年)1月2日、東京府荏原郡入新井町(現在の東京都大田区大森北)で生まれました。生家は江戸時代から続く伝統的な大森の海苔養殖業を営む家庭であり、8人兄弟の五男(男6人・女2人)として育ちました。
父親は池田子之吉(ねのきち)氏、母親は池田一(いち)氏。両親ともに日本国籍を有する日本人であり、一族の菩提寺や過去帳、戸籍謄本などの一次資料においても、代々大森の地で暮らしてきた生粋の日本人であることが明確に記録されています。池田大作氏の出自や家系図に関して朝鮮半島にルーツがあるとする主張は、公的文書や戸籍の記録と完全に矛盾しています。
幼少期の大森は海苔づくりで栄えた下町であり、池田氏は家業の手伝いをしながら尋常小学校、高等小学校へと進みました。戦時下では兄4人が軍に召集され、長男がビルマ(現ミャンマー)戦線で戦死するなど、戦争の悲惨さを身をもって体験した生い立ちが、後の平和運動の原点となっています。