『ゲド戦記』を鑑賞した多くの人が抱く最大の疑問が、「クモの性別は男なのか、それとも女なのか」という点です。切れ長の瞳に施された鮮やかなアイシャドウ、薄紫色の着物を思わせる装束、そしてしなやかな身のこなしから女性に見える一方、喉仏のような首筋のラインや長身の体躯からは男性の骨格もうかがえます。
結論から明かすと、クモの性別は「男性」です。スタジオジブリの公式設定資料や絵コンテ、劇場パンフレットにおいても一貫して「かつて魔法を悪用した男の魔法使い」として定義されています。しかし劇中では、あえてどちらとも断定しにくいアンドロジナス(両性具有的)なデザインが徹底されました。
この性別の曖昧さを決定づけたのが、名女優・田中裕子氏による声の演技です。ジブリ作品において田中裕子氏といえば、『もののけ姫』のエボシ御前役で見せた凛とした気品と強靭なカリスマ性が広く知られています。鈴木敏夫プロデューサーと宮崎吾朗監督は、クモという存在に単なる「悪の魔法使い」を超えた、この世の理(ことわり)から逸脱した禍々しい色気を与えるため、あえて男性キャラクターに田中裕子氏をキャスティングしました。
当時の制作陣の手記やインタビューによると、「男でも女でもない、生者でも死者でもない境界の存在」を具現化するための演出意図であったことが明かされています。田中裕子氏の低く艶のある声、冷徹さと狂気が入り混じった台詞回しは、クモの歪んだ執念を見事に表現し、唯一無二の存在感を放つこととなりました。