馬渡新平: 北の大地に根ざした陶芸家の真実と創作の軌跡
北海道余市町の工房で、一人の陶芸家が土と対話している。馬渡新平。その名を知る人は、彼の器に宿る静かな力強さを語る。刷毛目の優しい線、粉引きの柔らかな白。それは単なる食器ではなく、北の大地が育んだ「豊饒」の証だ。
馬渡新平は、地域の土と灰を使い、日常に寄り添う茶器を制作する陶芸家である。1976年埼玉県生まれ、北海道で学び、萩焼で修行した後、札幌、小樽、秋田・美郷町、そして余市町へと移住を重ね、各地の土質を活かした独自の作風を確立した。リンゴやサクランボの枝の灰、野幌粘土など北海道の素材を用いた釉薬で、ヒビ粉引きや刷毛目の器を生み出している。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 生年 | 1976年 |
| 出身地 | 埼玉県 |
| 学歴 | 札幌西高等学校卒業(1995年)、富山大学工学部中退(1999年)、京都伝統工芸専門学校卒業(2001年) |
| 修行先 | 萩焼松野緑栄窯(2002年) |
| 工房歴 | 札幌市(2004年)→小樽市→秋田県美郷町(2012年)→北海道余市町(2015年) |
| 作風 | 刷毛目、粉引き、ヒビ粉引き |
| 使用素材 | 野幌粘土、リンゴ・サクランボ枝の灰、地元の土 |
| 代表作 | リム皿、カフェオレボール、深碗、刷毛目の皿・碗 |
工学部から陶芸の道へ:異色の経歴が生んだ独自性
馬渡新平の人生は、直線的ではない。1995年、札幌西高等学校を卒業した彼は、富山大学工学部へ進学した。しかし、その道は4年で途絶える。1999年、中退。
何が彼を変えたのか。工学という論理の世界から、土という感覚の世界へ。その答えは、京都伝統工芸専門学校への入学にある。2001年、彼はそこを卒業し、翌2002年には山口県の萩焼松野緑栄窯で修行を始めた。
萩焼。茶人に愛される、柔らかな土味。「一楽二萩三唐津」と称される名窯で、馬渡は基礎を学んだ。だが、彼はそこに留まらなかった。修行は彼にとって、出発点に過ぎなかった。
移住という選択:土地が教えた陶芸の本質
2004年、馬渡新平は札幌市に自身の工房を構えた。28歳。独立の時だ。
しかし、彼の足は止まらない。札幌から小樽へ。そして2012年、秋田県仙北郡美郷町へ移住した。なぜ、彼はこれほどまでに移動を繰り返したのか。
答えは、土にある。美郷町で、彼は地元の土を使い始めた。刷毛目や粉引きの器。土の個性が、作品に直接反映される技法だ。土が変われば、器も変わる。彼は、その土地の声を聞いていたのだ。
3年後の2015年、馬渡は再び北海道へ戻る。今度は余市町。リンゴとワインの町として知られるこの地で、彼は決定的な素材と出会った。
野幌粘土とリンゴの灰:北海道人としての表現
野幌粘土。北海道江別市野幌地区で採れる、この土は彫刻用として知られる。馬渡はこれを陶芸に使った。さらに、余市特産のリンゴやサクランボの枝を焼いた灰を釉薬に混ぜる。
果樹の灰は、独特の色と質感を生む。化学的な釉薬では出せない、自然の揺らぎ。一つとして同じ色にならない。それが、彼の器の魅力だ。
「北海道人の素材で作る」。彼の言葉には、土地への敬意が込められている。移住を繰り返した末に、彼は自分の場所を見つけた。それが余市だった。